ふるさと熊谷セミナ(3)を受講して

熊谷ゆかりの文学者   講師: 角田 

 今回の講師も『入門 宮沢 賢治』と同じ先生であった。前回、鈴木守氏の著書を差し上げたこともあり、先生も話しかけてくれるので親しみを感じていた。

 先生は、 第1回の『熊谷染』から話を始めた・・・作家・宇野千代専属の熊谷染の工場(横田)があったと。そして第2回の『うちわ祭』の関連では、幸田露伴の『知知夫紀行』で明治初頭の旧暦の8月6日は「明日は牛頭天王の祭』との記述があるという。そしてお仮屋の祇園柱を不思議なものを見たと記している・・・

 熊谷は昔からの宿場街であり、多くの文人が訪れている。明治24年11月、まだ学生だった正岡子規が熊谷に2泊し、吉見の百穴にやって来た時の句が残されている。

○ 神の代はかくやありけむ冬籠        子規

 また、その折に蕨の駅前で買った菅笠が根岸の”子規庵”の壁に飾られており、次のような歌を残している。

○ 武蔵野のこがらし凌ぎ旅ゆきし

              むかしの笠を部屋にかけたり     子規

更に、子規の弟子で『ホトギス』を継承した高浜虚子が、昭和7年に龍淵寺に吟行した折に詠んだ句碑ある。
○ 裸子(はだかご)の 頭剃りをり 水ほとり          虚子

 このほか、境内には一時この寺に疎開していた、後に人形師の人間国宝となる鹿児島寿蔵の歌碑もある。

○ 鐘楼に新藁つみてにぎはしき

    み冬とぞ思ふ上之のみ寺   鹿児島寿像

※この頃からの弟子・峰岸あいが火曜短歌会の先生 

 そして常光院では、季節の句会が開かれ”俳句寺”とも呼ばれ、金子兜太の句碑もある。

○ たっぷりと鳴くやつもいる夕ひぐらし  兜太

金子兜太が松山の”愚陀仏庵”を訪れて詠んだ句に

○ 二階に漱石一階に子規秋の蜂      兜太

がある。松山は子規の故郷でもあったが、明治28年8月27日から57日間、漱石の下宿に転がり込んで生活していたころを詠んだ句である。その時漱石も子規

に俳句を学び、俳号・愚陀仏と名乗った。この頃の子規が読んだ句がある。

       ○ 愚陀仏は主人の名なり冬籠           子規

       ○ 淋しいな妻ありてこそ冬籠           子規

そして子規が松山から東京へ帰る旅で、有名な句を詠んでいる。

       ○ 柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺          子規

  一方漱石は、松山での体験から生まれた『坊ちゃん』を明治39年に『ホトギス』の4月号に発表している。この『坊ちゃん』のモデルと目される”弘中又一先生”は、愛媛尋常中学校で漱石と一緒に勤務しており、その後転勤で熊谷中学校の勤務となり熊谷に在住ことになる。熊谷中学は現在の熊谷高等学校であり、金井仁さんの母校である・・・弘中又一は同志社大学卒の数学の教師で、明治33年から大正8年までのおよそ19年間を熊谷で過ごし、『坊ちゃん』らしい無邪気な愉快さと飄々たる正義感に貫かれた奇行の数々をほしいままにした。その後、同志社の教官となるが、教え子の小林秀三の日記を基に田山花袋は『田舎教師』を書いた。この小説では、主人公は行田から熊谷の中学へ3里の道を5年間通った・・・羽生、行田、熊谷辺りが舞台である。

田山花袋は暴露小説的な自然主義派に対し、漱石は余裕派として論戦を挑んでいると講師の先生が教えてくれた。

 壺井栄と言えば、何んと言っても『二十四の瞳』が有名である。木下恵介監督で映画化されているが、高峰秀子が演じる大石先生の映画を小学生の頃観た・・・映画館のある稲庭町まで4キロの雪道を先生に引率されて、小学生の時に観たのが最初である。その後、香川京子の大石先生の映画も観たし、田中裕子の大石先生の映画も観た。

 壺井栄は小豆島に生まれ、10人兄弟姉妹と二人の養子の12人で過ごしたことが『二十四人の瞳』の原点かも知れないと教えてくれた。

 そして壺井栄の妹・貞枝が熊谷に在住したことで、熊谷を訪れることになり『母のない子と子のない母』の中に熊谷弁を含め西小学校、女子校、農学校や地名が多く登場している。熊谷空襲後に小豆島に疎開した一郎と四朗の兄弟と、戦争で子供を亡くした”おとら小母さん”とを中心に描かれている・・・

壺井栄は、一貫して反戦を作品の中で訴え続けたのであろう・・・

 何んと言っても、大正5年9月2日に熊谷に宿泊し、短歌2首を残した宮沢賢治の人気は根強いものがある。角田講師の『入門 宮沢賢治』の受講者は54名を満席であったことからも伺われる・・・講師の角田先生は、19年続いてきた『宮沢賢治の会』の会長をなさっていたが、止む無く解散となってしまったと語った。賢治を語るには時間が足りないと、賢治が秩父地方に地質調査に出かけた行程を紹介した。

 その後、年明けの1月31日の熊谷短歌会の会計監査の時に、金子会長が『賢治の読書会』があるが会議で参加できないから、本をあげるから参加してみないかと誘ってくれた。課題は『なめとこ山の熊』で読後感が宿題でなっているとのことだ・・・