UNESCO INTERNATIONAL JAZZ DAY 賛同開催
4月30日 神田淡路町でジャズをやっているというので息子と出かけた。御茶ノ水駅の聖橋側で降りて坂道を下って行くとニコライ堂が見えてきた。賢治は盛岡中学のころに洗礼協会に通っていたが、親友・保坂嘉内の影響を受けて賢治は更にキリスト教に興味を深めて行った。ここに来て嘉内がニコライ堂を詠んだ短歌を思い出した。
・霧雨のニコライ堂の屋根ばかりなつかしきものはまたとあらざり
・するが台雨に錆びたるブロンズの円屋根に立つ朝のよろこび
・青銅の弓屋根は今日いと低き雲をうれひてうちもだすかな
賢治も大正5年に上京したときにニコライ堂に立ち寄っているようだが、その頃はまだ高い建物がなかったであろうから、遠くからでも眺めることができたと思われる。こんなことを想いながら、しばらく時間を費やしてしまったことをこの先後悔することになった・・・
受付開始の1時間前の10時半であったが、整理券をもらうために長蛇の列ができていた。すぐ前の女性が何度も携帯連絡しているが少し気にかかっていたが、整理券を受け取る直前に4人の子供をつれたママさんが列に割り込んで来たのだ。そして息子と私の直前で満席・終了となってしまった・・・
最後のお整理券をゲットした女性があまりにも喜んでいるのがしゃくにさわり、しばし躊躇していたが、近づいていって「こんなことをして、子供の教育によろしくないのではないでしょうか」と苦言を言ってしまった。
仕方なく空席待ちの列に並んだ。GWが始まり天気も良かったのでどんどん人が集まってきたので、交代で昼食をとることにした。野外ステージなのでリハーサルを見ながら待つことができたので退屈することはなかった。幸い開演して間もなく空席の案内があり座ることができてよかった。
このイベントは28日、29日、30日の最終日で、ブルーノート東京のオールスター・ビッグバンドの出演でエリック・ミヤシロがバンマスを務めていた。金髪の彼はテレビにも出てるし、ライブも何度か見たことがる。リハーサルでは中々音が揃っていなかったようだが、本番ではピタリと合わせてきた。流石はプロだと感心させられた。野外ステージだと風向きによって音が流されしまうが、今日は具合が良かったし、管楽器がほとんどなのでド迫力のライブを楽しむことができた。
演奏が終わるとユネスコの広報部長(女性)からの挨拶があった。とても素晴らしいメッセージであった。そして4月30日はユネスコが定めた「国際ジャズデー」であることを知った。USのホワイトハウスではオバマ大統領が主催するジャズライブがありWEBで公開され、日本からは渡部貞夫が出演すと教えてくれた。ジャズの本場アメリカの有名なプレイヤーもでるので是非見ようと思った。
BLUE GIANT TALK SHOW (16.4.30)
ー 石塚 真一 はなぜ、今ジャズを描くのか -
「BLUE GIANT」というジャズ漫画が今大人気となっている。息子がどうしても読んでみろとしつこく迫るので一冊読んでみた。主人公・宮本大は高校のバスケ部であったが、初めて見たライブでジャズにうたれてしまうい、毎日のように仙台の広瀬川のほとりでサックスの練習を始めるところから物語がはじまる。そして定禅寺のジャズ・フェスの路上で一人でサックスを吹き始めた少年がいた。私もひたむきな少年・大の情熱にほだされ、2晩で8巻まで読んでしまった。今日は、その作家の石塚真一のトークショーを楽しみにやってきたのだ。
会場の「cafe 104.5」へ行ってみると、まだ随分時間があるのに1人待っている青年がいた。整理券では懲りたのでそのまま待つことにした。しばらく経って店内から3人の男性が店先の喫煙所にやってきた。そのうちの1人が漫画家・石塚氏ではないかと直感したが、話しかけるチャンスを逸してしまったのは残念だ。
開店時間が近づくと長蛇の列となったが、最前列の正面の席を確保できた。
司会者が石塚真一の経歴を紹介してくれた。彼は山登りが好きで「岳」を描いて第1回漫画大賞を受賞したという。私も山が好きなので映画化された「岳」を見た覚えがある。また、20代に友人の家で「ソニーロリンズ」のアルバムの「サキソフォン・コロッサス」を聴いてからジャズの魅力に取付かれ、アメリカに留学しているころにはニューヨークのジャズバーに通いライブを聴いていたそうだ。
そして彼は、「ソロでは、自分の想いを、自分の個性を、あらん限りの力を振り絞って音としてさらけ出すジャズの魅力を若い人たちに伝えたい。」とBLUE GIANTを描き始めたと語った。ジャズピアニスト上原ひろみの演奏が正にその象徴で彼女のライブを観ればきっと体感できると付け加えた。彼は上原ひろみとも対談しており、彼女もBLUE GIANTを読んで「無音なはずの漫画から音が聞こえてくる。心の何かを突き動かす音が。」とのコメントを寄せている。
更に来日したハービー・ハンコックとウェイン・ショーターと対談したときの様子をジョークを交えながら話してくれた。主人公・大が東京へ出てきて隅田川のほとりでサックスを吹いている時、屋形船が近づいてきて、ハビーの「処女航海」をリクエストされた。大が懸命に吹き終わると船上から投げ銭をもらったのだ。これが大が初めてもらったギャラだと話すと、すかさずハービーは「俺の取り分は?」とジョークを入れてきたそうだ。
とにかくジャズ漫画を描く位ですから、ジャズのエピソードは尽きることなく続いた。プレイヤーごとに曲のエンディングを口づさみながら右手で音階を示すなど、相当聴きこんでいるなと感心させられた。私には良くわからないが、息子は身動きもせず、頷きながら話に聴き入っていた。
やはりジャズといえばマイルス・デイビスが出てくる。ウェイン・ショーターがマイルスとやってきたころ、チック・コリアがウェインのところにやってきて「譜面はないのか。」と聞いたら、漫画(豚)を描いて「譜面?これだよ。」いって渡したそうだ。マイルスのところでは、耳で聴いてやるだけだったようだと鈴木良雄氏の「人生を変わる 55のジャズ名盤入門」に書かれているのを思い出した。譜面は読めないが、耳で聴いて自分が伝えたい想いを音にして力いっぱいサックスを吹く、これぞBLUE GIANTの主人公・大の世界なのかとの想いを馳せた。
鈴木良雄氏もマイルスの「フォア&モア」いうアルバムの「ソー・ホワット」の演奏は神がかっていて誰も真似できるものではないと言っていたが、石塚氏も同じようなことを言っていた。そしてボリュームを上げて大音響で聴くことを推奨していた。これもサックスを吹く主人公・大を紙面からはみ出すくらいの勢いで描いている作者の言葉としては頷けるが、私はグラスを傾けながらブルースを静かに聴くのが好きだ。
トークショーの後半にBLUE GIANTの主人公・大君と同じサックスを吹いてくれた。確かに大君がサックスの練習を始めた頃の腕前かも知れないがレジェンドなプレーヤーの特徴を捉えた演奏してくれた。
この時の演奏を聴いていると、大が「俺は世界一のジャズプレイヤーになる。」と宣言した頃を思い出さてくれた。野性的な大は東京で繊細でクールなジャズピアニスト・沢辺雪折と出会いお互いに刺激しあいながら成長して行くが、ライブに向けてどうしてもドラムを入れたトリオを編成する必要にせまられる。そこで大が上京して居候していた玉田俊二がドラムを叩き始めるのだ。そして「JASS」というジャズバンドを結成し活動を開始した。ある日ライブにピアニストの雪折をスカウトするために「SO BLUE」でも演奏するようなレジェンドのギタリストの喜田川元がやってきて、ギターを手に飛び入りで加わった。そして大のサックスのソロを聴いた喜田川は「宮本大 憶えとくからな。頑張れよ。」と言って帰って行った・・・
「SO BLUE」は、BLUE NOTE東京がモデルのようだが、彼らのバイト代では気軽にライブを聴きに行くことは難しかった。それでも彼らは、「SO BLUE」に出演してメジャーデビューすることを夢見て懸命に練習を続けるのだ。
そして大は「音と自分がつながったソロ」の境地を追い求めて行くです。
100席ほどを満席にした聴衆を楽しませてくれたトークショウーも終わり、質問コーナーに入るとかなり突っ込んだ質問が投げかけられた。中でもジャズ・オルガンを習っているという小学4年生の女の子の質問には驚かされた。それは大が追い求めている「音と自分がつながったソロ」の境地に関連する内容であった。その子は直ぐ目の前に座りBGMに合わせてテーブルでジャズピアノを弾く素振りをしていた少女だったのだ・・・質問が終わると石塚氏は、司会をやっていたユニバールのジャズ部門担当ディレクターに向かって「女の子と早く契約しておいた方がいいよ。」とジョークをとばした。
最後のアトラクションで石塚氏がBLUE GIANTの主人公・大を描いて見せてくれたのです。大がサックスを吹く口元にはまだ工夫がいると言いながらも、「これからジャズるからな。」と言ってサックスの周りにくじゃくしゃっと線を書き込むと、なんだかサックスが聞こえてくるような気分になるのは不思議な現象であった。BLUE GIANTの紙面に書かれている譜面は実際に専門家に作曲してもらったものだとも明かしてくれた。
そして会場のみんなとじゃんけんをして、完成した絵をプレゼントしてくれたのです。残念ながらゲットできなかったが、後ろのほうで「あの女の子に上げればよかったのに。」と呟く声が聞こえた。息子は本とCDを求めサインをもらうために並んだ。息子は石塚氏に「鈴木良雄さんのベースが大好きです。」と話しかけていた。私も近づいて「ギタリストの喜多田さんのモデルはいるんですか。」と尋ねると「似たような人がいるかもね。」とお茶を濁した。息子は握手しているツーショットを撮らせてもらって喜んでいた。
帰りの電車で「BLUE GIANTにベーシストが登場するかもしれないね。」と今後の展開に期待をよせていた。
国際ジャズデー ホワイトハウス・ライブ (16.5.1)
パソコンをテレビにつなぎ、日本時間5月1日10時からホワイトハウスのジャズライブを観た。
オバマ大統領とユネスコの会長の挨拶を生で聴いたが、何となくいいこと言っているなあなどと、解ったような気になってライブを観た。
私の大好きな俳優モーガン・フリーマンの司会でライブが進んで行った。何しろジャズ界のレジェンドが次々と出演し、そのたびに息子は歓喜していたが、私にはよく判らなかった。ただ日本から唯一出演した渡部貞夫のサックスのソロが短すぎて物足りなかった。ジャズの名曲が次々と演奏されたが、平和を願う「イマジン 」が演奏され、最後は南アのマンデラ大統領を讃える歌で締めくくられた。以前にモーガン・フリーマンがマンデラ大統領を演じた「南アでのラグビーのワールドカップを描いた映画(インヴィクタス)」を観たことを思い出しながら聴き入った。
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